日本の水素戦略、新たな段階へ 供給網構築と産業利用が同時進行
2026/6/16

写真出典:ヤマハ発動機株式会社
日本企業による水素活用が新たな段階に入りつつある。石油・ガス開発大手のINPEXは6月中にも水素発電による電力販売を開始する。一方、ヤマハ発動機は中部電力ミライズと連携し、水素を活用した製造工程の脱炭素化や製造コスト低減に乗り出す。供給基盤の整備と需要創出が並行して進み、水素社会の実装に向けた動きが広がっている。
INPEXは新潟県柏崎市の「柏崎水素パーク」で、水素製造から発電、電力販売、二酸化炭素(CO₂)の回収・貯留(CCS)までを一貫して実施する。国産天然ガスを原料に年間約700トンの水素を製造し、そのうち約600トンを発電に利用する。発電能力は計1000キロワットで、発電した電力は地域エネルギー会社を通じて公共施設などへ供給する。
製造過程で発生するCO₂は、隣接する枯渇ガス田へ圧入・貯留する。天然ガス由来でありながら排出量を抑えた「ブルー水素」として活用し、水素の地産地消モデルの構築を目指す。
一方、需要側ではヤマハ発動機が水素利用の拡大を進める。同社は中部電力ミライズと「カーボンニュートラルに向けたパートナーシップ協定」を締結し、2035年までの製造拠点カーボンニュートラル達成に向けた取り組みを本格化する。
両社は2026年6月から、水素製造コストの低減を目的とした共同実証を開始する。太陽光発電など再生可能エネルギーの発電量や工場での水素需要に応じて、蓄電池や水素貯蔵設備を制御し、水素発生装置を最適運用する。再エネ電力が余る時間帯に集中的に水素を製造することで、コスト抑制を図る。
ヤマハ発動機はアルミ合金の溶解炉や熱処理炉において、水素ガスを燃料として利用する技術開発も進めている。従来は天然ガスなど化石燃料が主流だった高温熱需要の脱炭素化を目指す。
さらに両社は、静岡県西部で進む「遠州脱炭素プロジェクト」を通じてサプライチェーン全体の脱炭素化にも取り組む。ヤマハ発動機の取引先3社が保有する太陽光発電設備の余剰電力を、2027年以降順次ヤマハ発動機へ供給する計画で、年間約132万キロワット時の利用を見込む。サプライヤーの余剰電力を活用するのは同社として初めてとなる。
日本政府は水素・アンモニアを脱炭素化とエネルギー安全保障の両面で重要なエネルギーと位置付ける。これまでは供給インフラ整備が先行してきたが、普及拡大には産業分野での需要創出が不可欠とされる。
INPEXが進める水素製造・発電・CCSの一体運営と、ヤマハ発動機による製造工程での水素利用拡大は、日本の水素戦略が実証段階から事業化段階へ移行しつつあることを示している。供給と需要の両輪がそろうことで、水素市場の本格形成につながる可能性がある。
日本の水素政策はこれまで、「いかに水素を供給するか」に重点が置かれてきた。しかし今後は、「いかに安定した需要を創出するか」が普及拡大の鍵となる。
INPEXの柏崎水素パークは、国産天然ガスを活用したブルー水素の製造から発電、CCSまでを一体的に実証することで、供給側の事業モデル構築を目指す取り組みといえる。一方、ヤマハ発動機と中部電力ミライズの協業は、水素を製造業の熱需要へ活用するとともに、再生可能エネルギーや蓄電設備を組み合わせたエネルギーマネジメントによって経済性の向上を図るものであり、需要側の事業化に向けた挑戦と位置付けられる。
日本政府は水素・アンモニアをGX(グリーントランスフォーメーション)の中核技術と位置付けているが、市場形成には供給インフラの整備だけでなく、継続的に水素を消費する産業用途の拡大が欠かせない。今回の両事例は、日本の水素戦略が実証段階から商業化段階へ移行しつつあることを示す象徴的な動きといえそうだ。
特に製造業における高温熱利用は、電化が難しい脱炭素分野の一つとされる。今後、水素利用の経済性が改善されれば、鉄鋼、化学、セメント、非鉄金属など幅広い産業への展開も期待される。水素市場の成長を左右するのは供給能力そのものではなく、こうした実需の形成がどこまで進むかにかかっている。
参考資料:ヤマハ発動機株式会社、日経新聞



